中国:徹底した封鎖ができたワケ<br>世界コロナ日誌⑭

中国:徹底した封鎖ができたワケ
世界コロナ日誌⑭

欧米を中心に進めて来た世界コロナ日誌ーいよいよ、アジアからの声が投稿された。すでに危機を脱したと伝えられる中国。北京を拠点に、幅広い執筆活動を続ける斎藤じゅんこさんが、徹底封鎖のリアルを伝える。

<トップ写真:北京市内のショッピングモールに入るには、入り口でQRコードをスキャンし、過去14日間に北京市外に出ていないことを証明する必要がある ©Junko Saito>

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世界中に広がったロックダウンの波に先んじること2カ月。1月末以降、北京では大量の人員とITと強権を駆使して、水一滴も漏らさぬ人の管理が行われた。コロナ対策のための徹底した人間封じ込めは一体どのように実現したのか?北京からレポートする。

凍り付いた2月と雪解けの4月

海外旅行ピークとホリデーモードに包まれた1月の第4週になって市民は初めて、新型コロナウイルスの爆発的感染について知らされた。春節直前のことだった。B類伝染病指定(20日)、人への感染宣言(21日)、武漢市の封鎖(23日)がバタバタと公表され、一週間で目の前の世界が一変した。

東京都の約1.5倍に当たる2154万人が住む北京市でも1級厳戒態勢が敷かれ、政府の鶴の一声でライフライン関連以外の全ての店が(補償などの議論は一切なく)一斉に一夜で閉鎖された。SF小説のように、通りも、ショッピングモールも、バスもほぼ空となった。いつもと同じ風景が見られたのは、食料買い出しの際に行くスーパーの中だけだった。

<ピリピリムード、広がる北京の緊張感を伝える日本のテレビ番組から 2020年2月19日>

筆者もその後6週間以上をひたすら自宅で過ごし、雪解けが感じられたのは、3月下旬以降だ。新規の市内感染者数ゼロが続き、軒並みシャッターが閉まっていた商店の封鎖が徐々に解除され、事態は収束に向かい現在に至っている。

「社区」を使った社会組織戦

中国で目下、ウイルスの封じ込めに効力を発したのは中国の「組織戦」だったと王辰・中国医学科学院院長は指摘する。「目下、わが国のウイルスとの闘いは主に社会組織戦であって、科学技術戦ではない」とした上で、王院長は、(第2波など)今後への対策は集団免疫力を上げるべく、科学技術戦が必要と主張した。(4月6日付中国共産党機関紙・人民日報)

ここでは理学的な議論には立ち入らないが、中国は社会組織の駆使によって、ウイルスをここまで制圧できたとする指摘は的を射ている。そして、その時に使われた組織が「社区」である。

「社区」とは党・政府の正式な末端組織である「街道」の指導下にある組織で、ふだんは国の政策の宣伝、「安定」や治安維持、住民管理や街道から下達された各種統計資料作りなどを行っている。日本でイメージするなら、公安や警察、地元の役所のために末端行政を補佐する強力な町内会的な存在だろう。スタッフの多くは地元の中高年女性で学歴や待遇は高くない。

証書なしでは帰宅もできない

筆者の場合、人の封じ込めが具体的に行われたのは、集合住宅の敷地に入る門でのことだ。2月1日以降、市内のすべての住宅同様に厳しい出入り管理が始まり、私のマンション全体を管理する「社区」が発行する出入証なしには、建物入り口の鍵や自室の鍵を持っていても、マンションの敷地内に入れなくなった。

敷地への門は一つに絞られ常に門番が立ち、出入証や体温、マスク着用をチェックしている。出入証の発行には、世帯全員の携帯番号、携帯のGPS記録に基づき過去14日間北京市内にいたことを証明する「移動経緯情報」と身分証明書の提出が必要だ。老人介護や家事補助などの住民以外の人員の申請は更に複雑だ。

また、筆者の社区は出入証があれば、終始出入りはできたが、同じ北京市内でも、社区が住民の外出を1世帯3日に1度1人だけに制限した所もあった。方針は社区ごとで大きく異なった。

入境者を封じ込めよ

3月中旬以降は入境者による感染「輸入例」が増え始め、コロナ対策の重点は入境者の封じ込めに移った。この際も社区が隔離管理を担った。

北京市は3月20日以降、外国および国内の他地域から市内に入る場合は、「入境前に所属する組織と居住地の社区に、正確な個人情報、健康状況、利用する交通機関の詳細を報告すること」を義務付けた。

つまり、海外から北京に到着した場合は、一律に14日間の(約8万円~15万円相当の自費負担による)指定ホテルでの集団隔離、および検査の陰性結果を経て初めて放免される。その後、北京市内の自宅に戻る場合であっても、中国到着前に社区へ事前に報告するよう求められる。

一方、中国国内の他地域から北京市へ移動した場合は、14日間のホテルではなく自宅での隔離が課される。その際も隔離を実施するのは社区だ。

ちなみに3月29日以降、中国を往来する国際線は各航空会社1路線、1週間に1便に限定され、入境者によるウイルス流入の徹底的な封じ込めを行っている。

コロナモール1

コロナモール入り口スキャン2

<武漢市の封鎖解除後は、北京市内の警備はより厳しくなった。ショッピングモールに入るには携帯電話でQRコードをスキャンし、自分の過去14日間に北京市以外に出ていないことを証明する移動記録の提示が求められる。入り口ではサーマルカメラで検温を受けるために入口で並ぶことになる。>
写真上:北京市内のショッピングモールの入り口でサーマルカメラで検温を受ける市民 ©Junko Saito
写真下:モールに入るために入り口でQRコードをスキャンする市民 (トップ写真も同じ) ©Junko Saito

恐怖心に根差した厳しい封じ込め

このように、社区はいとも簡単に住民の私権を制限し、「人の封じ込め」は当然のように速やかに行われた。国際都市の北京でさえもこうした事が難なく実施できる背景は、中国の歴史や文化、社会、「体制」に根差しており複合的だが、中でも決定的だったのは、人々の間で共有されたコロナウイルス感染に対する強い恐怖心や危機意識だったように思う。

2月には毎日のように「患者が触ったマンションのエレベーターボタンで感染した」、「武漢の一家4人が相互感染し全員死亡した」などと、ぞっとする話が中国版Lineのウィーチャット(微信)を駆け巡り、筆者を含め北京の周囲の友人たちもみな恐怖心でおののいた。

家族との会話でも、食料買い出しも「二人で行けばリスクが倍になる」と言い、息子は「外に出たら死ぬよ」と言い出す始末。しかし、これはその当時の地元の人たちの間で広く共有されたコロナウイルス感染への恐怖と緊張感を表していたように思う。

感染拡大防止に対する日本の「感染しても8割は軽症で治る病気」とする楽観的な位置付けとは正反対に、医療や生活保障の未整備も手伝ってか、中国では「かかったら最後」と真剣に恐れられた。

もう一つ人々が徹底した封じ込めを支持した背景には、普段からの強い危機意識があるように思う。中国では「自分を守るのは自分だけ。生き残りたければ油断は禁物」というシビアな心構えが基本にある。そのため、「例え何をしてでも、(政府や病院など)他者に頼らず自分は生き残らなければならない」と、リスクを敏感に察しそれを回避しようとする危機意識がことさら強い。だからこそ、政府による徹底した人の封じ込め管理を「当然、自分を守るために必要な措置」と認識し、支持したのかもしれない。

このように北京では人々の研ぎ澄まされた危機意識と恐怖心から政府の「鶴の一声」による人々の封じ込めが実現した。大量の協力人員とITと強権を駆使し、水一滴も漏らさぬ人間管理を迅速に実施した北京。ここでのキーワードは「社区による人の封じ込め」だった。コロナウイルス対策で瞬時に強大化した「社区」の影響は今後も目が離せない。

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<寄稿者プロフィール>

斎藤じゅんこ/Junko SAITO

ライター。米国で修士号取得後、北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、現在は北京を拠点に共同通信、時事通信、NHKラジオ、中国新聞週刊(Chinanews)日本版などに執筆・出演。共著編に『在中国日本人108人のそれでも私たちが中国に住む理由』、『日中対立を超える発信力』など。