#MeToo からTime’s UPへ セクハラに口を閉ざす社会を変えられるか 

#MeToo からTime’s UPへ セクハラに口を閉ざす社会を変えられるか 

今年のゴールデングローブ賞授賞式(1月7日)は、評価の高い映画やテレビ作品を発表する以上の意味があった。セクシャルハラスメント(以下、セクハラ)の被害体験を公表する「#MeToo(私も)」運動への連帯を示すために、ほとんどのセレブらが黒いドレスやスーツ姿で出席したからだ。そのうねりは、あらゆる職場でのセクハラの根絶や、女性やマイノリティーの平等を求める「TIME’S UP(もう終わり)」の取り組みへと更なる展開を見せている。

セクハラを許すのは、もう終わり

ゴールデングローブの舞台に立った数多くのセレブらは、受賞の喜びと同時に、職場でのセクハラ防止やジェンダーやマイノリティー差別の根絶格差の解消に言及した。またトークショーの女王と言われるオプラ・ウィンフリー氏がこの席で、1994年にアラバマ州で白人男性グループからレイプされた黒人女性、レイシー・テイラーさんの生き様について語り、「弱いものを虐待するような男たちの時代はもう終わり。Their time is up」と述べると、大きな歓声があがった。このスピーチは視聴者の間でも大きな反響を呼び、ウィンフリー氏に次の大統領選挙に出馬を求める声まで上がったほどだ。

オプラ・ウィンフリー氏のゴールデングローブ賞でのスピーチ

TIME’S UPは、今年1月、ハリウッドの女優、脚本家、映画監督、プロデューサーなど約300人の映画関係者らがはじめた団体である。芸能界に限らず、あらゆる職場での女性の権利やセクハラ撲滅、不平等の是正に関する啓発から、被害者からの相談、法的な支援活動などに取り組んでいく。低賃金で働く女性達は経済的な問題で法的措置をあきらめる例も多いことから、同団体はリーガル・ディフェンス基金を設置し、クラウド・ファンディングを用いてすでに1900万ドル(約21憶円、1月20日現在)近い寄付を集めた。

弁護士で、ミッシェル・オバマ大統領夫人の首席補佐官だったティナ・チェン氏もTIME’S UP推進者の一人だ。「声を上げても、その後、法的ないじめやハラスメントともいえるハードルに直面する。自分の権利を知らない人がほとんど。声をあげた『その後』に起こることを恐れて、口を閉ざす女性達が沢山いる」と、チェン氏は公共ラジオ(NPR)のインタビューで話した。

『No more silence. No more waiting. No more tolerance for discrimination, harassment or abuse. (もう、沈黙しない。もう、待たない。これ以上、差別、ハラスメント、虐待を許さない)』が、TIME’S UPの合言葉だ。

セクハラ訴訟に立ちはだかる壁

日本から見ると、アメリカの方がはるかに女性の社会進出が進み、セクシャルハラスメントや差別から労働者を守る法律が整っていると思うかもしれない。しかし約半数の女性労働者が職場でのセクハラを経験しているという調査結果がある一方で、雇用主にセクハラ苦情を訴えるのは被害者の5%から15%だと言われている。多くは報復措置を恐れて、沈黙してしまう。

実際に法的措置に訴えても、チェン氏が言うように法的なハードルに直面する。米最高裁は1986年に「セクハラは違法」と判断したが、その際、法的にセクハラ行為と認められるのは「severe or pervasive (深刻あるいは継続する)」行為とした。このため、法的措置に訴えても、被害の深刻度合いや頻度、期間を理由に、裁判所が訴えをセクハラと認めずに棄却する場合が多い。

また2007年の最高裁で、「被告人が意図的に行ったことを証明しなければならない」という判例が示されたため、公判前に棄却される件数がさらに増えたという。「直接肌に触れなければ深刻な痴漢行為に該当しない」、「被害者が、加害者の性的アプローチを拒絶したことを証明しなければならない」との見解を示す判事もおり、公判にたどり着いても、原告が勝つのは2%程度という調査もある。

スタンフォード大学の法実務者センターのデボラ・ロード氏は、判事の多くは中高年の男性が多く、ハラスメントによって受ける心理的な被害や、職業的な被害についての理解や共感力に欠けていると指摘する。#MeToo運動やTIME’S UPは、こうした高い壁に果敢に立ち向かおうとしているのだ。セクハラに声を上げる女性が増えた今の機運で、「現在の判断基準を見直すよう働きかける必要がある」とロード氏はNPRのインタビューで述べた。

セクハラに沈黙する日本のメディア

日本でも#MeToo運動は話題になっているが、今も権力あるポジションには圧倒的に男性が多い日本の職場におけるセクハラ根絶や不平等の是正は、アメリカよりもはるかに困難な状況ではないかと筆者は危惧する。昨年、フリージャーナリストの伊藤詩織さんが、就職活動をしていた2015年に元TBSワシントン支局長の山口敬之氏から受けた性的暴行について、記者会見で公表した。伊藤さんの手記『Black Box』によれば、警察に被害届を出したことで同氏への逮捕状も出たが、逮捕直前に「取りやめ」となり不起訴処分に。伊藤さんは検察審議会に不服を申し立てたが、検察審議会からは、具体的な理由説明がないまま「不起訴相当」決議が下された。

性犯罪が表にでにくい日本社会で、勇気を出して伊藤さんが自らの体験を公表したにもかかわらず、日本の大手メディアでの扱いはゼロに近い。自由党の森ゆうこ参議院議員は「準強姦事件逮捕状執行停止問題」の検証に超党派で取り組んでいるが、セクハラに関する国民的な議論に発展する様子はない。一方、伊藤さんの事件は、ニューヨークタイムズ紙が一面で扱い、フランスのル・モンド紙フィガロ紙や英国のBBCラジオ、イタリアのCorriere della Sera紙、シンガポールのStraits Times紙、など世界の主要大手メディアで報道された。安全な日本というイメージとは裏腹に、セクハラや性犯罪に対する日本社会の無関心に驚きを隠せないというのが海外の反応だろう。

30年前の筆者の#MeToo

こうした日本の状況は、今は米国に暮らす筆者にとっても、他人事ではない。筆者は20代の頃、東京の小さな新聞社で記者として働いていた。1986年に雇用機会均等法が施行されてまだ何年もたっていない頃で、取材先も社内も、他社の記者達も男性ばかりだった。「取材ならもっと短いスカートを履いてきてよ」といった『冗談』は日常茶飯事で、年に数回は『おふざけ』で触られたり、飲む席では酌やダンスの相手をしたりするように言われた。三回りも年上の立派な肩書の取材相手からエレベーターの中で無理やりキスされたり、ホテルに連れ込まれそうになったこともある。

先輩記者に打ち明けると同情はしてくれたものの、「しかたないよ。仕事に苦労はつきものだ。うまくはぐらかす術を身に着けないと、一人前になれないよ。どうしても嫌なら取材からはずれれば」と言われた。他の業種に就職した学生時代の女友達も、程度の差こそあれ、多くが職場でセクハラまがいの言動にさらされていた。苦情を口にしたら、「だから女なんて雇ってもダメなんだ」と言われ、仕事がしにくくなるだけではないかと恐れて、みんなグッと堪えていた。

あれから30年あまり。アメリカでは同じ境遇にいた女性達が#MeToo運動で次々と声をあげはじめたが、日本ではどうだろう。伊藤詩織さん事件に対する日本社会の反応をみても、30年前と同じ空気が流れているかのようだ。

性的嫌がらせを、仕事をする上での一般的な苦労の一部とかたづけてよい問題なのか。働く女性側に、セクハラにうまく対処する処世術を身につける責任があるのか。社会的に優位な立場にある人は、不満の声をあげそうにない弱い立場の人間に対して、勝手に体を触ったり、卑猥な言葉をかけて相手の反応をみたりして、楽しむ権利があるとでもいうのか。

「そうだ」と肯定する人は少なくても、日本社会では男性も女性も日常に潜むそうした力の乱用と対峙することなく、長い間、目を背けてきたのだと筆者は思う。そして今でも「おふざけ」という言い訳や、「女性の側の自意識過剰」、「女性の側だって、まんざらじゃなかったんじゃない」という理不尽な憶測で、セクハラの定義でさえ個人の解釈に委ねられている。

誰もがお互いを尊重する職場

TIME’S UPの牽引役でもある前述のチェン氏は、セクハラやジェンダー、マイノリティーへの不平等は、多様性の欠如からくる症状の一つだと指摘する。性別や人種など多様な人々が一緒に働き、リーダーシップ役をつとめる職場では、お互いを尊重しながら一緒に働くので、セクハラは起きにくく、より安全な職場環境になるという。日本では、例えば国民の代表者が集まっているはず衆議院で、女性議員の割合はたったの10%。国会や地方議会では、セクハラ発言やヤジがしばしばニュースになる。

2016年の世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ報告書」(2016年ランキング)によれば、144カ国中、日本は前年の104位からランクをさらに落として111位。評価項目のうち、特に賃金や、政治家・経営管理職、専門職、国会議員数などリーダーシップ役での男女格差が大きく、いずれも世界ランクが100以下だった。ちなみにトップは北欧4カ国で、ドイツ13位、英国20位、米国は45位だった。

多様性が低く、政界、財界に限らず、男性に権力が圧倒的に集中している日本で、「誰もがお互いを尊重する」意識改革への波は、どこからくるのか。一石を投じようと勇気を振り絞った伊藤詩織さんの告白が、日本社会の無自覚や、女性を含めた多くの人々の無関心によって、泡として消えてしまわないことを願いたい。

トップ写真:
2018年1月20日、米国各地で行われたウーマンズ・マーチから
(c)Marc Nozell from Merrimack, New Hampshire, USA