米国女性の6割がセクハラを経験 #MeToo 革命―今度こそ加害者容認の壁を超えられるか 

米国女性の6割がセクハラを経験 #MeToo 革命―今度こそ加害者容認の壁を超えられるか 

ブロガー・作家のはあちゅうさんがセクハラ告発をしたことで、日本国内でも#MeTooが話題に上るようになっている。米国では、セクシャルハラスメント(以下、セクハラと表記)被害を公表する#MeTooムーブメントの火は全米に燃え広がり、今や#MeTooレボリューション(革命)と呼ばれつつある。セクハラ行為に対する告発を受け、次々と解雇される有名人や、辞職を余儀なくされる議員らのニュースに、心中穏やかでない人達はあらゆる業種や職場に数多くいるはずだ。
セクハラはハリウッドや議会など、「一部の職場に限った」問題ではない。2017年11月に米キニピアック大学が発表した調査によれば、女性の60%が「セクハラ被害を受けたことがある」と回答した。そのうち69%は職場で発生している。

またセクハラは、近年浮上した問題でもない。米国では18世紀から、家庭内労働者や奴隷労働を強いられた黒人女性らが、日常的な性的暴力や嫌がらせにさらされてきた。20世紀になり、女性が工場やオフィスで働くようになっても、男性監督者の性的な言動や行動を含む不当な扱いに対し、多くの女性が口を閉ざして耐えてきた。

米国ではこれまで、何度か職場のセクハラに関する国民的議論が起きた。しかし今回の#MeTooムーブメントまで、セクハラ行為をした側が社会的制裁を受けることは、ほとんどなかったと言える。

セクハラが認知されても、加害者は無傷

「セクシャルハラスメント」という言葉は、1975年、米コーネル大学の女性たちの活動により、はじめて社会的に認知されるようになった。当時、同大学の原子力研究所で事務アシスタントとして勤務していたカーミタ・ウッドさんは、所長から、言い寄られる、体を触られる、強引にキスされるなど、日常的なセクハに悩まされていた。所長だったのは、ボイス・マクダニエル氏。マンハッタン計画に携わった核物理学者として名を知られた人物だった。セクハラのストレスに耐えられなくなったウッドさんは異動希望を出したが大学側に却下され、ついには辞職。しかし「自己都合退職」として処理され、失業手当の給付も拒否された。

その頃、コーネル大学で「女性と労働」をテーマに講義していたジャーナリストのリン・ファーリィさんが、ウッドさんらとともに立ち上がった。秘書や工場労働者、ウェイトレスなどの女性たちともに、「Working Women United」というグループをつくり、Speak-Out集会を開いて、職場におけるセクハラに対し抗議の声をあげていった。

その結果、ウッドさんは同大学から別の職場の仕事をオファーされることになった。しかしその一方で、マクダニエル所長は社会的地位を失うこともなく、1981年には全米科学アカデミー入りを果たした。

攻撃されるセクハラ被害者

1986年には、米最高裁が「セクハラは、職場での性差別を禁じる連邦法に抵触するため、違法である」という画期的な判決を下した。しかしその判決後も、セクハラを容認する文化を変えることができないことを如実に示したのが、1991年のアニタ・ヒル事件である。

保守派のクラレンス・トーマス判事を最高裁判事に承認するかどうかの上院公聴会で、これに反対する民主党は、トーマス判事が過去にセクハラ行為を行っていたことを立証するため、元部下のアニタ・ヒルさんを証人に呼んだのだ。ヒルさんは当時、オクラホマ大学法学部教授という地位にあり、無名で無力な一女性ではなかった。

しかし、トーマス判事から、職場で再三、ポルノやセックスについての生々しい話をされたと証言するヒルさんに対し、トーマス判事は「まったくそんな事実はない」と否定した。また男性ばかりの公聴会委員の中で、共和党側委員は、ヒルさんに対し嫌がらせのような「セクハラ質問」や、証言の信憑性や人格を疑うような質問を執拗に繰り返した。ヒルさんを証人に担ぎ出した民主党側さえも、彼女を公的な場でのさらなるセクハラ被害から守ってくれたわけではなかった。トーマス判事のセクハラ行為について証言する用意がある女性たちが複数いたが、公聴会は他の女性たちが証言することを許可しなかった。

全米の注目を浴びたアニタ・ヒル事件だが、この時も結局、セクハラ疑惑の当事者であったトーマス判事は、終身身分を保障される最高裁判事として承認され、現在もその職にある。

#MeToo革命で真の意識改革を

アニタ・ヒル事件から四半世紀が過ぎた2017年。#MeTooムーブメントに勇気付けられた女性たちが、再び、セクハラに対する声をあげはじめた。これまではセクハラ疑惑がある人でも、「権威ある地位にいるから」、「仕事ができるから」、「他の男性たちもそうしてきたから」、「支持者が数多くいるから」といった様々な理由で容認されてきた。
しかし今回は違う。少なくとも米国では、ハリウッドの超大物プロデューサーであろうが、公民権運動の推進に長年貢献してきた連邦議員だろうが、高名なジャーナリストだろうが、「権力を手中にした人は、セクハラ行為をしても見逃される」などという悪しき慣習を断ち切ろうとする気運が高まっている。

セクハラの被害者は女性だけではない。先のキニピアック大学の調査では、男性の20%がセクハラ被害を受けたと回答している。子供たちやLGBTの人々も、しばしば性的嫌がらせや暴力の被害にあっていることを、私たちは知っている。これは男女や性的志向を超えた基本的な人権の問題だ。「セクハラ・ゼロ」を建前とする多くの職場で、あまりにも長い間、セクハラは容認され続けてきた。権力を持つ存在がそれに抗えない立場にある弱者に対し、性的な嫌がらせや性行為を強要するのを黙認するのは、いい加減にやめるべきだ。

米国では、#MeToo革命により、やっと、セクハラの加害者が社会的地位を追われるといった報いを受け始めた。しかし社会のあらゆる階層に、「セクハラは犯罪であり、黙認してはならない」という認識が浸透しない限り、#MeToo革命は終われない。セクハラで傷つけられた経験について女性たちが声を上げ続けることで、#MeToo革命のうねりが米国社会のあちらこちらで感じられ始めていることは確かだ。

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女性に対する性暴力、差別に抗議するスラットウォーク(SlutWalk)。「Slut(売女)のような服装が性的被害を招く」といった、性暴力を招く誘因が女性の側にあるというような古い画一的観念に対し、カナダのトロントで2011年に始まった抗議活動。(c)Anton Bielousov