信じて。自閉症児の学ぶチカラ

信じて。自閉症児の学ぶチカラ

4月2日は世界自閉症啓発デーだった。世界中で様々な施設がシンボルカラーのブルーにライトアップされたので、気づかれた人も多いと思う。日本でも4月から自閉症の少年を主人公とする「ぼくと魔法の言葉達 (原題はLife, Animated)」というドキュメンタリー映画が公開されている。主人公のオーウェンは、3歳になる頃、突然、言葉を発しなくなる。「まるで誘拐されてしまったかのようだった」と家族は振り返る。

しかし何年も沈黙を続けるオーウェンを、家族は決してあきらめない。やがて少年が大好きなディズニー映画を介して様々なことを学んでいることに気づき、家族は少しづつ、少年とのコミュニケーションを取り戻していく。

米国では45人に1人の子どもが自閉症?

米国疾病予防管理センター(CDC)は、2012年時点の調査では、アメリカに住む子どもの68人に1人が自閉症スペクトラム障害(ASD)の診断を受けたと発表している。しかしCDCが2015年に発表した保護者からの報告に基づく調査では、45人に1人がASDという推計である。

自閉症は未だに原因が解明されておらず、したがって療法も確立されていない。かつては心の病と言われたこともあったが、そうではなく、現在では様々な刺激が、脳内でうまく伝達されない、脳や神経の機能障害であることがわかっている。神経細胞や脳内の脳細胞で、情報伝達が一般の人とは違うために、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、運動感覚といった五感のいくつかが著しく過敏だったり、鈍感だったりするのだ。

また、いわゆる「自閉症」は、近年ではASD(自閉症スペクトラム障害)と呼ばれ、社会性・関係性の軸と、知性の軸からなる座標のどこに位置するかという延長線・平面上で捉えられている。言葉の発達遅れがなく、学業面でも問題が少ない場合は「高機能自閉症」(特に知性レベルが標準以上の場合はアスペルガー症候群と呼ぶ)、言語や運動機能、知能への障害を伴う場合は「低機能自閉症」などと呼ばれるるが、そのタイプも障害のあらわれ方の程度も極めて多岐にわたる。

すべての子どもには教育を受ける権利がある

機会の平等を重んじる米国では、国が個別障害者教育法(IDEA)を定めている。それにより各州の公立学校は、自閉症スペクトラムや視覚、聴覚などの障害より学習が妨げられている子供も「適切な教育」を受けられるように、無料で支援サービスを行うことになっている。ハード面では校舎にスロープやエレベーターをつける、障害を持つ子供が使える教材やIT機器などを提供する。またソフト面では、支援が必要な子供の個別ニーズにあわせた言語療法や作業療法といった各種セラピーを提供することで、学習ができる環境整備につとめている。ただし現実には、各州の教育予算は限られており、必ずしも親が望むだけの十分なセラピーが提供されるとは限らない。支援サービスの水準も州によってまちまちである。

「しゃべらない」は、「わからない」じゃない

前述の映画の主人公オーウェンがそうだったように発語がない、さらに運動機能がうまく働かず、思ったとおりに体が動かない、あるいは動きを止められない、奇声を発するなどの行動があり、いわゆる重度の自閉症とみなされる子供達もいる。コミュニケーションがとれないがために、こうした子供達は何も理解できないかのように思われがちだ。確かに脳内の神経細胞の伝達機能に障害があるために、健常児と同じやり方では学習が難しいが、だからといって知性がなくて学べないわけではない。これについては、臨床心理士の竹内弓乃さんが、「自閉症-学ぶ機会を逸してきた子供たち」というわかりやすい記事を書いている。日本でも、会話のできない自閉症でもワープロを使って「自閉症のぼくが跳びはねる理由」を書いて作家になった東田直樹さんの例をご存知の読者もいるだろう。「しゃべらない」からといって、「わかっていない」と見なすのは、間違いだ。

自閉症児の母の試み

米国テキサス州のオースチン市に、HALOという自閉症の人の教育機関がある。ここで使われているのが、ソマ・ムコパディエイというインド出身の女性が、自閉症の息子を教育すべく生み出したRPM(ラピッド・プロンプティング・メソッド)という方法である。RPMでは二者択一からはじめ、文字盤の指差しによるコミュニケーション、そして最終的には文字を書くところまで、自閉症を持つそれぞれの子どもが情報を受け取りやすい感覚にうったえながら、教えていく。二者択一や文字盤の使い方を教えるだけではなく、そうした方法を利用して、算数や歴史、文学、社会科学など、子どもの学齢に応じた幅広い学科教育をするのが特徴だ。それにより、子ども達が生活の中で断片的にとらえていたことを、総合的に理解できるように促し、さらには、自分の考えを表現できるようにすることが目的である。
この動画はCNN自閉症特集(2008年)の一部で、ソマさんの活動を紹介している。

RPMに限らず、低機能の自閉症児の教育には、気が遠くなるほどの忍耐力が必要だ。それでも家族はあきらめない。どれだけ大変でも、何らかの形でコミュニケーションが取れるようになった時の喜びは大きい。次のビデオは、オレゴン州に住む14歳のニコ君。冒頭でRPMで「文字盤を使うようになるまでは、沈黙しかなかった」と、ニコ君が綴っている。母親のロレッタさんは、動画の中で「ニコは頭がいいとずっと信じていましたが、これほど理解しているとは知りませんでした」と語っている。ニコ君は、今では文字盤を使って勉強し、ガールフレンドとも会話を楽しめるようになった。

RPMで自閉症を理解する

筆者にも自閉症で言葉を失った娘さんを持つ友人がいる。米国で様々なセラピーを受けたが、数年前にRPMに出会いこれまでにない飛躍的な変化を遂げたという。文字盤を使って、会話ができるようになったのだ。今では文字盤やiPadを使って自宅で普通教科の勉強をしている。昨秋、日本でも翻訳版が出版された「自閉症のぼくが『ありがとう』を言えるまで」の著者、イド・ケダー君も、言葉を発しない自閉症だが、RPMを使って文字盤やiPadを使ってコミュニケーションできるようになり、普通高校を卒業している。

何千人という自閉症児を指導してきたソマさんは、2008年、自閉症児を持つ家族からの要望を受け、自閉症と自らが実践するRPMの教則本「Understanding Autism through Rapid Prompting Method」を出版した。ソマさんの元で自らもRPMの教授法を学び、今では自分の娘だけでなく地域の自閉症の子ども達も教えている友人は、「ソマの息子のティト、東田さん、ケダー君が特別な存在じゃないと思う。私の娘を含め、知能に大きな遅れがあると言われた子ども達もRPMで学ぶことができている。知能の遅れというのは間違いだったと証明しているのよ。米国だけじゃなく、イギリス、オーストラリア、インドなど世界中でRPMが使われはじめているの」と言う。

友人は、日本で自閉症児を持つご家族、教育者にRPMを紹介できればと、先月、ソマさんの教則本「RPMで自閉症を理解する」を翻訳出版した。筆者も翻訳のお手伝いをさせていただいた。この本を読み、ともすれば私達の目に奇異に映る自閉症児の行動は、脳の障害のために次から次と感じる激しすぎる刺激や、逆によく見えない、聞こえないといった不可解な世界を、必死に生き抜こうとしている姿であることがよく理解できた。RPMには根気と忍耐力が必要だが、とりあえずは紙と鉛筆があれば始められる。教則本では、教授法が豊富な事例とともに説明されているので、興味のあるご家族は本を頼りに試してみることもできると思う。「定型発達、自閉症に関わらず、すべての人は学ぶ事のできる精神を持っています」と、ソマさんは断言する。自閉症については、まだまだ解明されていないことが沢山ある。そして、すべての子どもには教育を受ける権利がある。自閉症児を含め、すべての子どもには学ぶチカラがあるのだ。

<Yahoo!ニュース個人、2017日4月14日配信記事に加筆・変更して転載>

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