ドイツの脱原発-エネルギー政策の大転換

ドイツの脱原発-エネルギー政策の大転換

「日本はすでに脱原発を達成しているではないか。54基の原発はすべて止まっているが、電力は不足していない」―原発の即時全廃を望むドイツ人からは、鹿児島県の川内原発が2015年8月に再稼働するまでは、そんな羨望の声が多かった。ドイツでは、2022年までは稼働する原発が、過酷事故を起こすリスクが続くからである。

3.11(2011年の東日本原発震災)をきっかけに、国を挙げて「エネルギーシフト」に取り組んでいるドイツ人にとって、東京電力福島原発事故から5年以上経っても収束が見通せない中で、桜島の噴火や熊本大震災が起きても原発回帰に突き進む日本政府のエネルギー政策は、理解の範疇を超えている。

日独の何が違うのか。ドイツのエネルギーシフトについて、社会の違いも踏まえながら政治やメディア、教育面の例から紹介する。

脱原発―政治の歩み

ドイツの脱原発は3.11後に決まったと思われがちだが、実は「社会民主党」と「緑の党」が、1998年に16年ぶりの政権交代を果たした時の選挙公約だった。連立政府は、電力会社と合意した脱原発を、省エネと再生可能エネルギー普及の2本柱で進め、脱原発法を制定した。

25年間大手電力会社に勤務した当時の経済相は国会で「政府は、安全が経済利益より優先する立場をとる。ドイツの原発は安全だという事実に関わりなく、それらが100%安全とはいえないことに全く議論の余地はない。たとえ非常に確率は低くても、この国に人が住めなくなるような被害は起こりうる」と答弁した。

2009年に交代した保守政権のメルケル(Merkel:メァケルとも表記)首相は、原発の稼働延長を決めていたが、3.11をきっかけに撤回し、2011年6月には「2022年までに全廃」と法律を改正した。安全審査を委託した「原子炉安全委員会」からの「ドイツの原発は福島の事故に照らしても高い安全措置が講じられている」という報告ではなく、「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」による「ドイツでは、リスクのより少ない技術と環境・経済・社会に配慮した仕方によって、原子力を代替できる」という提言を優先して、決断したのだ。

社会を変革するための「エネルギーシフト」

ドイツの再生可能エネルギーは、2000年施行の推進法のおかげで急成長し、2014年には総電力消費量でトップになった。ドイツと類似の推進法は、日本でも同時期に議員立法で出されたが、経産省など電力利権勢力から潰されたために、世界で大幅に出遅れている。

「ドイツは原発を減らしながら、フランスから原発の電力を輸入している」とよく言われるが、実際はその逆で、対フランスに限らず電力全体の輸出が輸入を上回っている。出力調整ができない原発のために、風力や太陽光発電を停めなければならない日もあるくらいだ。

ドイツは地域主権なので、過酷事故のリスクや送電ロスが大きい巨大な発電所から、リスクを分散する地域分散型の再生可能エネルギーに移行しやすい。地域内で循環する資金が、経済の活性化をもたらし雇用も創出するので、少子高齢化が進み人口減少に悩む地域が元気になったという。補助金や交付金に縛られた中央集権制の日本では、特に難しい点だ。

省エネも再生エネルギー普及も、ドイツの得意分野である技術革新を促し、競争力を高めて輸出を伸ばし、新たな雇用を創出してきた。このようにドイツの「エネルギーシフト」は、2~3年ごとに異動する経産省の官僚が、有識者を集めた審議会でシナリオ通りに決定する日本のエネルギー政策とは大きく異なる。雇用対策や自治体の在り方までも視野に入れた、長期的かつ包括的な社会変革手段なのである。

「脱原発」を支える市民とメディア

「エネルギーシフト」の主役は、脱原発政権を選んだ市民たちだ。その舞台は、自治体に限らず学校、住宅、鉄道、銀行、スーパー、警察など社会全体におよぶ。大規模なデモもあり、市民たちを支える強い味方がメディアである。

メァケル首相が原発稼働延長を決めた際には、激しい反対運動が繰り広げられた。3.11の2か月前に民放テレビが放映した、「稼働延長が決まった老朽原発の事故でドイツ第2の大都市が死の町になった」というドラマは、その最たるものだろう。

ドイツでも電力会社による宣伝活動はあるが、原発が安いとか安全などと信じる人はもはやいない。一方日本では、「原発広告」の著者である本間龍氏によると「税金や電気料金が使われている原発広告宣伝費の本当の目的はメディアコントロールで、電力会社は原発安全神話をすり込むために42年間で2兆4000億円使った」という。だから、日本では原発の問題点があまり知られていないのだ。

ドイツの脱原発デモは、3.11後に4大都市で過去最大の25万人を記録したが、公共放送による告知の効果も大きかったに違いない。最近は、隣国ベルギーの欠陥原発に対し、国境を越えて自治体連合が提訴しデモも頻繁にある。今年6月のデモでは12歳の少女から、「公共テレビの『こどもニュース』で脱原発デモの告知を見たから参加を決めた」と聞いた。ことほど左様に、メディアは脱原発デモに貢献しているのだ。また、警察も非常に好意的で全面的に協力してくれる。

ドイツのアーヘン市合同脱原発デモ
ドイツのアーヘン市で「欧州広場」を人間の鎖で囲んだオランダ・ベルギーとの合同脱原発デモ(2016年6月26日)
©KAWASAKI Yoko

「脱原発活動は公益に奉仕する」とみなされ、税法上も様々な特典が与えられるので、全国各地に多くの団体がある。2013年にはドイツ在住の日本人たちも、「さよなら原発デュッセルドルフ」という登録公益社団法人を設立している。

原発事故小説が国語の教材

チェルノブイリ原発事故の翌年、14歳の少女が主人公の青少年向け原発事故小説『ディ ヴォルケ(邦訳題名:みえない雲)』が出版された。1988年にドイツ最高の児童文学賞を受賞して以来、教材に採用する学校が増えただけでなく、原発推進の政治家や原子力業界の経営者たちにも読まれるようになったという。日本を含む13カ国で出版され、2006年には映画化もされた。

参考記事:「国語教材にもなった原発事故小説(ドイツ児童文学賞受賞)の著者グドゥルン・パウゼヴァングさんに聞く

脱原発デモの参加者に尋ねると、親子2代で「この本を学校で読んだ」という人が多いことに驚く。教科書検定など無縁のドイツの学校では、教材選定が教師の裁量に任されているのだ。ちなみに、隣国ベルギーの進学校でもこの本を国語教材に使っている。

「100万年の安全管理が必要な核廃棄物」(ドイツ連邦環境省)という負の遺産を押し付けられる子どもたち、さらにそれ以降の世代のためにも、今「エネルギーシフト」のあり方が、待ったなしに問われている。

ドイツの大規模な書店アーヘン支店
アーヘン市や周辺都市では、「トラブル続きのベルギーの老朽原発を止めよ」というポスターを、窓に張る店舗や家、車が増えている。
写真は、ドイツの大規模な書店のアーヘン支店。
©KAWASAKI Yoko

(婦人通信2016年9月号より転載)

※トップ画像:ドイツとドイツ在住日本人が設立したの脱原発団体による合同デモ。約600人が行進した(2015年3月14日)©KAWASAKI Yoko